先日のセミナーでも興味深く聞いていただいた部分であり、本音として誤解を恐れずにふれてみようと思う・・・
設計という仕事は紙とペンがあればでき、その紙に何が描かれるかの作業・成果である、といえばその通りである。
また、それによってご飯を頂くわけで商売、経営を考えていかなければならない。
しかし不相応に儲けたいなんて思っていたらこれほど効率の悪い商売もないと思ってしまう・・・
原価こそかからなくても、線一本を引く為に費やす提案労力は情報収集に始まり建築士としてのプライドと設計者のみならず建築主とのアイデンティティの総合表現としてイメージをつくり上げるためには
時間を忘れ、何案も検討し打合せを重ね、場合によってはその検証のために模型をつくる・・・
そのモチベーションは設計者としてクライアントの期待に応えたい、喜んでいただけるだろうという自負と期待であり、その為の環境を保証していただくのが設計料ではないかと考えている。
建築家のステータス、デザイン料として高額な設計料を納得いただけるならいいのだが、残念ながら僕はそれほど認知されたステータスで報酬はいただいていないし、僕自身の建築家像はそういった芸術家ではなくむしろ社会学・心理学的な捉え方ができたらいいと考えており、その方向付けや生き方に関する共感、理解こそ理想の建築設計ができるのではないかと思っている。
話は若干それたが、僕にも生活があり、家族がいる。収入がなければならない。
年収いくら必要かな・・・あなたはいくらいただいてます?・・・僕もそれくらいいただいていれば、人並みな生活ベースの上で生活費なんかに縛られず、大好きな建築を生み出す仕事(設計・監理)ができるのですが・・・要はそういうことです・・・
設計料算定には工事費の何%とか何日かかったかが基準根拠になっていることが多いのだが、工事費は仕上げ、規模のグレードによっても大きく変わってくることから何か釈然としないこともあるし、日数がかかることは能力差による部分も左右する・・・明確な算定根拠はどこにあるのか・・・
請求することが「できる」算定基準として告示1206号があるのだが、建築士として相場目安として僕はこれを参考基準にしている。一級建築士事務所として社会的存在を認められているというプライドと
モチベーションの維持の基準と考えているからである。
だからといって、この算定料からビタ一文譲れないわけではない・・・問題は能力対価としての報酬を
評価判断していただくことであり、無理に高額な設計料をいただくことでも、能力の安売りをすることでもない。
建築設計監理という専門能力をもったパートナーを一生の一大事業の舵取りとして依頼されることは必ずや建築主に設計料以上の費用対効果と付加価値の高い建築を生み出す可能性の高いプロジェクトのすすめ方であろう期待感と認識が一層定着することを望んでいる。
流通コスト、金利、物価を抑えることはよいものを安くという主旨に必然性がある。
しかし、モチベーションとプライドを値切られるわけにはいかない・・・
幸いにも僕のクライアントは理解いただき、仕事をさせていただいている。感謝・・・
- 2008/11/04(火) 23:49:30|
- 依頼からの流れ
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